主夫業

このところ、週末は主夫業に勤しんでおります。

朝、妻を送り出し、子供を起こして朝食を食べさせ、掃除洗濯などの家事をこなします。

あまり根を詰めてやりすぎると飽きるので、家事は適当に済ませて遊びに出かけてしまいますが、それでも、妻には褒められます。

 

夕食は毎回カレーですが、子供たちと一緒にドタバタに作って食べ、一緒に風呂に入ってくつろいでいると、妻が帰宅。ビールを飲みながら

「世の中のお父さんって、仕事して帰ってきてビール飲んで寝るだけで、なんてラクなの。ホントありがたいわ。」

なんて言います。

私にしても、子供と一日中遊んで、そこそこ楽しいのに妻から「ありがとう」と言われてとても気持ちがよいです。

 

もちろん、これが毎日続いたら、それぞれの役割においての、いやなことや苦しいことも出てくるでしょうが、たまに夫婦で役割を交換するのはものすごくよいことだと思います。お互いへの感謝の気持ちが高まります。

 

そして、世の中の奥さんのほとんどが求めている感謝の言葉がどんなにうれしいかがよく分かります。ほんの一言、言ってもらえるだけで、それがとてもうれしくて、やる気を倍増させます。

 

みなさん、奥さんに「ありがとう」と言いましょう。・・・もちろん、これは自戒の言葉です(笑)。

美濃焼について議論をする前の前提条件

来年開催される国際陶磁器フェスティバル美濃というイベントの産業振興部会が昨日開かれました。

 

その中身については、私が勝手に公開して良いのかわかりませんので、伏せておきますが、私がかなりショックを受けたことについて書きたいと思います。

 

焼き物関係者と、それ以外の人たちとで全く議論がかみ合わないことがありました。それは、飲食店を経営されている方から、

 

美濃焼は業務用で使いにくい。食洗機に使えないし、重い・・・

 

というような意見が出て、それに対して、賛同するような意見もあったのですが、焼き物関係者は、ポカンとしてます。

 

私はとてもショックを受けました。地元の人でも、業界に関わっていない人は、ここまで美濃焼について知らないということに。

 

恐らく、意見を出した方や多くの一般の方は、美濃焼=志野や織部など伝統工芸としての美濃焼と考えています。それは間違いではありません。

 

しかし、この会議は「産業振興部会」、地場産業である美濃焼を振興するためのことを考える場です。

地場産業としての美濃焼というのは、伝統工芸としての美濃焼とは全く違います以前のブログにも書きましたが、日本一の生産量を誇り、どんなモノでも安く作れるのが美濃焼です。

 

「普通の飲食店では美濃焼は使えないから使っていない」 なんてあり得ません。今でも焼き物のシェアの50%以上は美濃で作られています。日本中の飲食店では美濃焼の器を使っています。強化磁器や、洋食器なども、もちろん美濃焼です。なのに、そういう意見が出て、事務局の人たちも「そうなんだ」的な反応をしていることが、実は産業としての美濃焼の置かれている位置とか問題を如実に表しています。

 

美濃焼をよくするためにどうしたらよいのかを考えるためには、まず、最初に美濃焼の定義をしっかりと確認し、少なくとも関係者が美濃焼とは何かをちゃんと理解する必要があります。

 

改めて、書きますが、美濃焼というのは、日本中にある安い茶碗です。良くも悪くも特徴がない(どんなモノでも作ります)。

日本最大の生産量、そして、どんなモノでも作れる技術を持っているのがこの地方の焼き物産業です。

 

地場産業としての美濃焼というのは、形や色や材質で定義できるモノではなく、生産体制や技術の集合している様をもって定義できるモノなのです。

 

そういうことが、全く理解されていないことが、美濃焼の最大の問題で、それを理解してもらうように啓蒙やPRができてこなかったのが、美濃焼産業に関わっている人たちの問題だと思います。

 

 


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iPadが到着しました!

本日、日本でiPadが発売開始されました。発売時の様子はいろいろなニュースでも報じられました

予約していた人には、本日宅配便で到着することになっていました。それは多治見のような地方都市でも同じです。

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到着しました。思った以上に薄いです。でも、剛性は十分。

想像以上に小さいし、薄い。これなら持ち運びも苦にならないな。

ワイヤレスキーボードもカッコイイ。

ワイヤレスキーボードもかっこイイし

とても良さそうです。

 

 

でも、残念ながら私のモノではありません・・・

ちょうど、マルイ不動産小原さんと打合せ中に、小原さんが予約したiPadが到着したので、触らせてもらって、写真を撮らせてもらっただけでした(笑)。私が買うかどうかは、秘密です。そのうちブログで買う理由または買わない理由をご紹介します。

 

それにしても、今日はマルイ不動産で、とてもうれしいモノをたくさんもらいました。

  1. 仕事
  2. 発売日にiPadを触るチャンス
  3. おいしいロールケーキ
  4. 河辺よしろうさんの著書「社長さん! 税理士の言うとおりにしていたら、会社つぶれますよ!

1以外は、すべてちょうどいいタイミングに私がいたから、もらってしまいました。

4の本は、私も何度かセミナーを聞いた河辺さんの先日発売されたばかりの著書で、amazon総合ランキングで1位になった本です。この本もiPadと一緒にちょうど小原さんの所に配達されたものです。iPadをPCと同期している待ち時間に少し読ませてもらうと、とても読みやすくて勉強になりそうで、会社に戻ったらすぐに注文しようと思っていたら、

「読んだ方がいいぞ。あげるから読め」

と、言われて遠慮せずもらってしまいました。

 

いろいろ、もらった一日でした。

ご恩返しの意味も込めて、仕事の方は目一杯がんばります。小原さんありがとうございました。

贅沢なのか

昨日、実家でスイカをもらって食べました。

とてもおいしくて、私はたくさん食べたのですが、娘達はひと切れずつで「もういらない」と言います。

遠慮しなくていいよと言っても、いらないと言います。おいしくないのかと思って聞くと、おいしいと言います。でも食べない。 

 

子供の頃の記憶として、大抵の子は、皮には赤い部分がほとんど無くなるくらいまで食べていた気がします。

あと、私の印象として、スイカを食べたいだけ食べたのは大人になってからで、子供の頃はいつも「もっと欲しいなぁ」と思っているところで、「もうダメ」と言われていた気もします。

 

なのに、うちの子供たちは、皮に赤い部分を残し(と言っても5mmくらいですが)、まだ、切ったスイカが残っているのに、もういらないと言います。

 

これって、贅沢になっているのか、それとも、ただ、うちの子供たちがスイカがあまり好きでないだけなのか・・・。

妻もあまりスイカは好きではないので、私は、お腹いっぱいスイカが食べられ、子供の頃の夢を毎日のようにかなえています。

 

それができる人にはできないこと

昨日、岐阜大学で開催されたG-netインターンフェアに参加してきました。

頻繁にこうしたイベントに参加させてもらっていますが、それにはもちろん、学生さんたちに何かプラスになる影響を与えられたらうらしいし、インターンとしてうちの会社に来てくれるような人が見つかれば、さらにうれしいですが、私自身の為になるという理由でも参加させてもらっています。

 

普段は大学生と話をする機会などはほとんど無いので、そう言うところで話をしたり聞いたりするのは、私にとってとても刺激になるし、いろいろ学ぶことができます。そんな私利私欲で参加しているところもあります(すみません)。

今回も大きな気づきがありました。

 

ちょうど今週の月曜日にPAL研究会のオープンセミナー「続ける技術」で、現場リーダーは、スタッフがやるべきことを極限まで具体化して、それを的確に言語化して説明しないといけないという話がありました。

それは、もともとそれができる人には、とても難しいことです。例えば、もともと営業のうまい人の多くは、特に突飛よしもないことをやっているわけでなく「普通のことを普通にやっているだけ」と思っているので、それをうまく説明することができないのです。そういう人は部下に「積極的に見込み客にアプローチせよ」という指示を出し、部下は何をして良いのか分からないということになります。

もっと具体的な説明をしなければいけません。例えば「毎朝10件電話をかけろ」「名刺をもらった人には、その日のうちに手紙を書け」など。

 

最近の学生との話が、かみ合わないことも、そのことで理解ができます。質問の中で、私が答えるのにちょっと考えてしまったものは、

「どうして、オーストラリアに行けたのですか?(一流企業を辞めて)」

「どうして、そんなにすごい人と知り合いになれたのですか?」

「私は挑戦したいと思っていることがあっても、どうしても一歩が踏み出せませんが、どうしたらよいですか?」

「私もオーストラリアに行きたいと思いますが、その為に今何をしたらよいですか?」

などです。かなり返答に困ります。なぜなら、そんなこと考えたことがないからです。これまでの私の回答は、

「そうしたいと思ったからできた」

「やらないという選択肢を排除したから、やるしかなかった」

などです。これでは学生たちがポカンとしているはずです。抽象的すぎる。

 

「どうして、オーストラリアに行けたのか?」

独身で親も元気な20代だった私にとっては、何も難しい問題はありません。会社に辞表という紙を出して、旅行社に行ってチケットを買えば行けるのだから。1日でできます。何も考える余地がない。

 

でも、これは発想に制限がある学生には、答えにならないのだと気づきました。「会社を辞める」ということは、「あり得ない選択肢」と認識していると、その答えにたどり着くのはとても困難で、「どうしたら〜」という質問になります。

それに対して、当時の私は、選択肢の自由度が遙かに高く「命を失いかねない」選択肢以外は、どれもが可能性として検討され、その一つが、会社を辞めてオーストラリアに行くことでした。

そして、その選択肢を選ぶことに決めたら、後はきわめて簡単です。必要な手続きを調べて、ひとつずつ行ってゆくだけです。

 

昨日のフェアに参加していた学生には、最初に、選択肢の制限を外す、もしくは、制限を緩めることが必要だったのだと思います。

もちろん、学生という立場は、ほとんどの場合、親にお金を出してもらっているので、大学を辞めるということを勝手に決めるわけにはいきません。なので、「大学を卒業する」という前提ははずせませんが、少なくともその中では、もっと自由な発想をしたらよいと強く思いました。

 

私自身の反省、そして、次回までの課題としては、自分が20代の頃やってきたこと、なぜその選択肢を選んだのかを、具体的な言葉で説明できるようにしたいということです。

それにより、より正しく、深く、意図が理解してもらえるはずです。

 

頑張ります。