膀胱の大きさと、人間としての大きさ

おねしょには、いろいろな原因があるのですが、一つの原因は膀胱が小さい(充分大きくなっていない)ことがあるそうです。

保育園に入る頃になると、子どもは、起きているときは自分でトイレに行けるようになります。でも、当然ながら最初は失敗します。何かに夢中になっていると、ついついトイレまで行けずに漏らしてしまいます。

すると親は、ついつい、頻繁にトイレに行かせるようになります。

定期的に「したくなくてもいいから、トイレで座ってなさい」と言ってしまいます。

そうすると、子どもは自分が起きている間は、定期的にトイレに行く習慣がつき、膀胱が満タンになる前にトイレに行くことになるので、日中のお漏らしがなくなります。

 

しかし、寝ている時間は定期的にトイレに行くことができません。8時間以上の睡眠時間の間に生成される尿を溜めておけなければ、おねしょをしてしまいます。膀胱の大きさは、膀胱を満タンにすることによって広がります。もちろん、あまり溜めすぎると膀胱炎などになるので、限度はありますが、適度に限界まで溜めることで成長します。つまり、日中、頻繁にトイレに行って膀胱が満タンにならない子は、膀胱が大きくならないことがあり、夜のおねしょが続くことがあります。

うちの子供も、ちょっと神経質なくらいトイレに行っていたHannaよりも、あまりトイレに行きたがらず(遊びに夢中)ギリギリになって走ってトイレに行って、ときどきパンツをおろすのが間に合わないくらいのYouの方が、夜の紙パンツが早く取れそうです。

 

失敗を恐れず(たまに失敗しながら)限界ギリギリに挑戦をしていると、成長が早い(失敗しなくなる)というのは、会社の中でもよくあることです。新入社員が失敗しそうなことを、全て上司が先回りして失敗をしないように面倒を見ていると、いつまでも新入社員は一人で失敗しない状態にはなりません。

失敗しても良いからギリギリの所まで行く癖をつけることが、人間の成長には欠かせない要素です。

 

今日の結論(?)

膀胱も人間も、限界ギリギリで頑張ると大きくなる

 

ちなみに、私は膀胱の容量は相当大きいです。幼少の頃、相当限界に挑戦し続けたのでしょう。現在は人間の器を大きくするためにギリギリの挑戦をし続けているつもりです。いつもギリギリです(いろんな意味で)。

ぎふっこカード恐るべし!

岐阜県の子育て家庭応援キャンペーン事業で、岐阜県内の18歳未満の子供のいる家には「ぎふっこカード」というカードが配られています。

 

ぎふっこカードを、この事業に参加している企業・店舗等で提示すると様々な特典が受けられます。

これまで、そんなに使っていなかったのですが、気をつけて見てみると、いろいろな店でいろいろな特典を付けてくれます。

 

先週末は、ミスタードーナッツで5%割引してもらって、ケンタッキーフライドチキンでポテトをもらいました。

ぎふっこカード侮れません。

 

ただし、オフィシャルサイトは遅い! 何とかして欲しいです。特に店舗検索が遅いです。とてつもなくアクセスが多いとは思えないし、プログラムの問題だと思います。うちにご依頼いただければ高速化しますので、県の担当者様、ぜひご用命を(笑)。

全員が代表です

何度もこのブログに書いていますが、Hannaのクラスは、女子2名、男子6名の合計8名です。

 

夏休みには、絵画、読書感想文、一研究・一作品の宿題がありました。これらは、学年毎に優秀作品は、市民展(?)に送られます。

8人しかいないので、全員が何かの代表となります。というか、一人で複数の代表にも選ばれます。ということで、Hannaは、読書感想文と絵画(未来の絵)が、学校の代表として出品されることになりました。

 

小さい学校ならではの特典です。

 

ちなみに、今月末に行われる運動会でも、女子は全員が選抜リレーメンバーです。

成功とはどういうことか?

先日、陶芸家の人たちと飲みながら話をしていて、成功って何だという話題が出ました。陶芸家にとって成功者というのは、どういうものなのか?

 

そのとき私が

「作品も見ずに、作者の名前だけで、相応の値段で作品が売れる状態というのは目指すべき所なのか?」

と言うようなことを聞きました。有名歌手の新アルバムが、全く情報が出なくても、発売前の予約が何万枚も入るのと同じような状態は、クリエータとして目指すべき所なのか?

それとも、ちゃんと音楽を聴いて「さすがは有名歌手、すごく言い曲だ」と思ってから買ってもらうのを目指すのか?

 

もちろん、程度の問題もありますが、極論としてどうなのかを訪ねると、意見は分かれました。やっぱり、作品を評価して欲しいという人と、自分という人間を評価(信頼)して買ってもらえるのもよいと言う人。

 

 結論を先に言ってしまうと「本人が満足する方でよい」自分がどちらを目指すのか、どちらが心地よいのかで決めれば良くて、その決めた状態になっていれば成功している人である、ということです。これは皆さん納得してました。

 

ただ、物を評価してもらうのと、人を評価してもらうというのは、どちらが精神的に大変かというと、後者の方が圧倒的に大変です。つまり、物を見て評価してもらうのは、買った人が後からガッカリしたり、後悔することは多くありません。

逆に、人を評価して買った場合、買った後に初めて作品を見て「えっ?」ということになる場合があります。あの人の作品だからと思って買ったのに、意外と良くなかったとか、ガッカリした、という可能性もあります。

人を評価(信頼)して買ってもらう場合、その期待に応えなければいけないプレッシャーはとても大きいのです。期待に応えなければ、次回は信頼して買ってもらえません。

 

物を見て買ってもらう(高い評価をしてもらう)のは、直ぐにできる場合もあります。ものすごい良いものを作れば、それを見た瞬間に気に入ってもらって、買ってもらうこともあります。でも、人を見て買ってもらえるようになるには、時間がかかります。何度か作品を見たり買ったりしてもらいながら、時間をかけて得られるものです。しかも、信頼を失うのは一瞬です。

 

そう言う意味では、人を評価してもらって売れるようになるほうが、難しい目標だと私は思います。

1対1で向き合う余裕

最近、帰宅時間が遅くなったり、週末にイベントが続いたりして、子供たちとゆっくり向き合う時間が少なかった気がします。

 

ゆっくり時間を取りたいと思うのですが、なかなか時間が取れません。でも、子供ってほんの少しの時間であっても、真剣に1対1で向き合って、遊んだり話したりつきあってあげると満たされるようです。

 

昨日も、そんなに長い時間ではありませんでしたが、Youと妻が風呂に入っている間、宿題を見てやったり、お風呂にいっしょに入ったりしたら、とてもうれしそうで、とても落ち着いて寝ることができました。

 

たとえ時間が長くても、ちらちらとメールを気にしたり、他のことを考えたりしながらだと、子供には見抜かれますし、満たされ度は高くなりません。逆に、短時間でもしっかり真剣に向き合ってやることが大切だと思います。