出会いのチャンスを掴むかどうか

私は結構、友達の幅が広いと思います。

経済的な幅、学歴の幅、環境の幅などなど、いろいろな幅が広いです。高校を出ていない人から、東大を出た人とか博士とか教授とかまで。

50歳近いのにフリーターの人から、東証一部上場企業の社長(友達というのはおこがましいですが、ご飯を奢ってもらったりします)とか、世界中に不動産持ったりしている人(こちらも友達というのはおこがましいですが、大変お世話になっています)まで。

オーストラリアにいた頃も、ホームレスの人から、(自称)シドニーで一番大きな家に住む人まで、友達でした。

いろいろ状況や考え方は違いますが、私にとっては共通していることがあります。それは、

面白い人

私にとって、面白い人です。自分と違う考え方を教えてくれたり、自分と違う世界を知っていたり、とにかく話をしていて面白い人たちです。

オーストラリアのホームレスの人は、とてもポジティブな考え方を教えてくれたし、深夜にしか行けない釣りスポットを教えてくれたりしました。

この人面白い人だなぁと、興味を持つと、不思議と相手も自分に興味を持ってくれることが多くて、それで、仲良くなる事が多いです。

20代の若い人などから、どうやったらそんな人達と仲良くなれるのか、どうやったら人脈が出来るのか?などとよく聞かれますが、ポイントは以下の2つだと思っています。

  1. その人と話したときの感覚を信じる
  2. 相手に興味を持つ

自分より地位や年齢の上の人には、敬意を払う必要はありますが、極端にビビる必要もない。その人と接した時の自分の感じたフィーリングを信じれば良いと思います。気が合うのか合わないのか。

後悔しないための準備

昨日、試験の合格通知が届きました。

自信はありました。。。と、言うといつもの根拠のない自信かと思われるかもしれませんが、今回はそうではありません。

妻に受験勉強のテクニックを教えてもらい、それに従って愚直に勉強しまくりました。朝も早く起き、通勤途中や、ちょっとした空き時間も勉強し、休みの日や仕事の合間にも猛烈に勉強しました。

今の生活の中では、これ以上はできない限界まで時間と情熱をかけて勉強しました。

妻からは試験に関する分析結果に基づく根拠のある励ましを受け続け、自己効力感も高く保ち、体調も万全で当日の朝を迎えました。

今の私のできうる最高の条件で試験を迎えることができたので、もし、これで落ちたとしたら、自分には合格できない試験だということです。

これ以上は絶対無理、という努力をしたとしたら、どんな結果であっても後悔することはありません。

そして、試験では、論述のテーマは、ヤマがあたり、しっかり書けました。

限界いっぱいの努力、万全の体調、そして、最大の関門だった論述ではヤマがあたり、これで落ちたら、何をやっても絶対に受からない!!諦めるしか無い。

それが、自信満々で合格発表を待てた理由です。

もちろん、合格通知を見たときは、ホッとしたし嬉しかったです。

先月の岐阜大学の授業の時も聞かれた「どうしたら後悔しない人生を送れるでしょうか」というような質問は、大学生からよく聞かれます。

限界までの努力をするというのが、ひとつの答えだと思います。

照っても降っても、明けても暮れても

最近、ず〜っと頑張っています。受験勉強。

空き時間は全て費やし、車で移動中もラジオを一切聞かず、教材を聞いたり、思考問答したり、歩いている時も、食事中もずっと、ず〜っと考えて考えて。

照っても降っても、明けても暮れても、ず〜っと。

要約ノートが1冊埋まったあたりで、急激に脳内への蓄積が始まりました。恐らく脳内の神経細胞ネットワークがブリブリッと構築され始めたのだと思います。

2度目のボールペンの替芯交換をしたころから、ノート無しでの勉強が進むようになってきました(頭の中だけで自己問答ができるようになってきた)。筋肉同様、脳内の神経回路も超回復して育つことを実感してます。

あと、半月でこの生活も終わります。そしたら、好きな本を読みます。ブログ更新します。子供ともっと遊びます。泳ぎます。仕事します。

それまでは、全て我慢です。

ありがとうございました。

今日は無理やり餅を配ったおかげで、多くの皆さんにたくさんのありがたいお言葉をいただきました。ありがとうございました。とても嬉しかったです。

そんなうれしい一日ではありましたが、通常業務はいつも通り流れており、打合せや面談を、いくつかこなし、更に重要な書類を今日中に修正しないといけないことになり遅くまで仕事をすることになってしまいました。娘との約束を反故にして残業です。

餅がつきたいと、突然思いついて言い出した父ちゃんに付き合わされて折角の日曜日に餅つきに付き合わされ、月曜日は早速残業で帰ってこないし、ホント家族には、迷惑かけてるなぁと思います。

みんな怒ってるだろうなぁと思いながら遅くに帰宅すると、テーブルの上に何やら手紙などが・・・


娘たちと妻からのプレゼントと手紙がありました。

15年間、会社が続いたのは、多くの皆さんに支えられてのことですが、やっぱり一番感謝しないといけないのは家族だなぁと思いました。この家族が無かったら、頑張ることもできなかったし、苦難を乗り越えることもできなかっただろうなと思います。

自分は本当に幸せだと思う一方、妻や娘たちが私ほど幸せを感じているのか心配にもなります。

最初から最後までとても幸せな一日でした。

自由人のライフ・エンジョイアビリティ

10年くらい前に、有名なコンサルタントの方が司会をされて、数名の起業家とパネルディスカッションをするイベントに参加させてもらいました。パネラーが登場の登場時に、ひとりづつ司会者がパネラーを紹介してくださったのですが、その時の私の紹介の言葉が、

「自由人」

というものでした。そんな紹介のされ方をしたことがなかったので、驚きましたが、その時はじめて自分がものすごく自由に生きているんだと気づきました。その日のディスカッションの中でも、(その方いわく)私は、好きな事を好きなようにやって、自由に生きているというようなことを言われました。

それまで、世の中の人はみんなそうなんだと思っていたのですが、実際はそうではなく、みんな好きな事を我慢して、言いたいことも言わず、やりたくないことをやっているのだと知りました。

その「自由人」という言葉がとても嬉しくて、その時からその言葉を意識するようになりました。

敢えて普通は選ばない選択肢を選ぶ、敢えて普通と違う行動をする・・・それが、私が一番私らしい状態なんだと思います。

誰も予測しない行動、意表をついた行動を取りたい。

やっと仕事を覚えて楽しくなってきたときに「一流企業を辞める」

何のあても計画もないのに「オーストラリアに行く」

起業ということをよく分かっていないのに「オーストラリアで起業する」

事業がやっと生活できるレベルになったときに「日本に帰る」

バブルがはじけて最悪と言われたタイミングで「起業する」

どれも、常識的にはあり得ない選択かもしれませんが、私としては、常識よりも自分の考えを優先して実行してきました。やっと仕事を覚えて楽しくなってきたのだけど、将来の自分が予測できてしまったことに不安を覚えて退職したり、なんとなく面白そうという考えに従ってオーストラリアに行くなど、自分としてはちゃんとした考えがあり、それに純粋に従っただけです。

少なくともその後20年は、予想以上に楽しく幸せな人生を送れました。この先も、たぶん今まで以上に楽しくて幸せになると思います。

今の時代、どんな大会社でも倒産するかもしれません。当然、うちの会社なんて20年後に存在している保証などありません。従って、私がこの先「今まで以上に楽しくて幸せになると思う」根拠は、会社が安定しているからではありません。

ずっと安定していないフラフラな綱渡りをしてきて、それが楽しいと思うからです。どんな状況になっても何とかなるだろうと思うからです。

社会構造の変化により、終身雇用や年功賃金を会社が保証できなくなってきた今日。就職のために個人には変化に対応できる能力や、エンプロイアビリティが求められるようになってきています。・・・と教科書に書かれているし、講義などでは私も言います。

でも、人生には「就職」よりもずっと大切なモノがあり、その為に必要な能力があると思います。それを、私は、

ライフ・エンジョイアビリティ  と名づけました(もともと存在する言葉なのかもしれませんが)。

私は人並み外れたライフ・エンジョイアビリティを備えています。

この能力があればきっと幸せな人生が送れると考えています。

その壮大な実証実験が私の人生です。