正解や完璧がないこと

先日、ラジオを聞いていたら、NHKのアナウンサーが「スポーツ実況に満点は無い」というようなことを言っていました。

同じ競技を見ながら実況するにしても、どこに焦点を当てるのか、沢山しゃべるのか、あまりしゃべらないのかなど、様々な要因が組み合わさっているので、完璧ということはないということです。

オリンピック中継などでは、会場内の空気感などによっても、伝えるべきものは変わるし、競技者自身の気持ちによっても、伝えるべきものは違うのだそうです。

子育てや人生も、満点もないことかもしれません。

子どもにとって何がよいのか、誰にもわかりません。お金に不自由せず大学では勉学に集中できるのがよいのか、親があまりお金を持っていなくて、アルバイトをたくさんして苦労をして大学を出る子と、どちらがよいでしょうか?

学業成績は、前者の方がよくなるかもしれません。後者はお金のありがたみや、社会の厳しさを知り、たくましく人生を歩けるようになるかもしれません。

一流企業に入社できるのは、学業成績がよい人でしょうか?様々な経験をした人でしょうか?

どちらもあり得ます。学業成績がよくて得をすることも沢山あります。お金に不自由しなくて得をすることも沢山あります。

でも、学業成績が悪くても得をすることもあります。でも、たとえば学業成績がよい子だけが、学校の先生になったとしたら、「勉強ができない子、苦手な子」の気持ちが心から理解できるでしょうか?

どんなことにも、よい点と悪い点が一緒についてきます。受け止める人や、その人の状態によってどちらがよいかが決まる場合もあるし、それでもどちらがよいのかわからないこともあります。

どんな親も、子の幸せを願っているはずです。 

そのために何をするのか?

お金を十分に稼いで十分に与えるのか?

失敗ばかりしてお金にも苦労して、働きながら大学を出てもらうのか?

正解や完璧な答えはありません。

僕自身は子どもたちに「楽しそうに生きている姿を見せる」ことだけはしてゆきたいと思っています。どんな状況であっても「人生は楽しい」それだけは一生かけて子どもらに伝えたいです。それが伝われば「後は自分でがんばってね」です。

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